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正宗くんは17才! 生徒会選挙でGO!
 
 

その4



 
 
 

   ともあれ、選挙戦が始まった。
   
   準備期間1週間、選挙期間2週間。
   文系クラブの人間がほとんどの大森陣営に対して、野球部の主将である谷口陣営は運動部中心だった。
   つまり今度の選挙の裏を返すと、クラブ費を賭けた文系VS体育会系の戦いでもあったのだ。

   金がかかれば燃えるのは人の常。
   選挙運動の激しさは、日を追うごとに熾烈の一途を辿っていった。
   
   正宗君も、肩からタスキをかけて、みんなと一緒に朝晩校門に立って挨拶した。
   ホントのこというと、足は震えるし、あんまり恥ずかしくて泣きそうになった。
   でも、横に立っている大森君が、毅然とした姿で深く頭を下げる姿に勇気づけられて、自分もなんとか頑張った。

   特に一番困ったのは、事情を知ってる韮沢が、自分の前を通る時だった。
   どんな顔をしたらいいのか全然分からないから、わざとらしいとは思ったけれど、咳をする真似をして顔を背けた。

   無言で遠ざかっていく、背の高い韮沢の背中。
   その背中が微かに揺れていて、きっとまたいつもみたいに笑ってるんだと思うと、何故か少し安心できたのだった。

   
   だって不思議だったんだ。

   絶対にからかってくると思った韮沢なのに、なぜだか選挙戦が始まってからはピタッと接触してこなくなった。
   正宗君はそうなって初めて、自分が今までどんなに韮沢にかまわれていたのかを、再認識した。
   なんだかひどく変な気分だった・・・。
   でも、今はそれどころじゃなかったから、正宗君は敢えて、あんまり気にしないことにした。   

   大森君と一緒に過ごす日々は、それこそ夢みたいで・・・。
   正宗君は『絶対に選挙に勝って、この夢をずっと(一生)見続けるんだ!』と心に固く誓っていた。

   だから、そんな大事なことに比べたら韮沢のことは取りあえず後回し、としか、今は思えなかったのだ。
  
 

   戦況は刻一刻と変わっていった。
   
   最初は、その人望の圧倒的な厚さから、大森陣営がかなり有利かと思えた。
   しかし2日後には、対する谷口陣営が運動部所属の人数にものを言わせて、その差をじりじりと詰めていった。
   そして、両陣営の勢力拮抗の睨みあいのまま、10日が過ぎた。
   
   投票日の2日前になって、正宗君の耳に嫌な噂が入ってきた。
   谷口陣営が金品をばらまいて票を買っているというのだ。
   もちろん、事の真偽は分からない。
   しかし、そういえば今まで好感触だった挨拶先でも、どことなく目を逸らす人数が増えてきているような気がした。
   
   正宗君はすごく焦った。
   そして授業終了のチャイムが鳴りだすと、大森陣営選挙実行部になっている視聴覚教室へとダッシュで走っていった。

   
   「高橋っ! 大森君は?」
   開いたドアの前で、立てカンに釘を打っていた1年が、生真面目そうな顔をあげた。
   「どうしたんすか、桂木さん? そんなに慌てて?」
   「大森君はどこっ?」
   その勢いに気押されたように、高橋と呼ばれた生徒は黙って部屋の中を指差した。
   
   なごやかに笑いあっていた一団が、勢い良く飛び込んできた正宗君に驚いたように一斉に顔を向けた。
   それにはかまわずに、その集団をかきわけて正宗君は進んだ。
   中心にいるはずの大森君の姿を求めて・・・。

   「よお! 桂木、どうした?」
   大好きな大森君の笑顔に迎えられて、正宗君にためらいが生まれた。
   大森君に急いで教えなきゃ、とここまで走ってきたんだけど、今はその決心も鈍りがちだった。
   
   自分が汚いことをした訳じゃないけど、それを口にすると自分も汚れてしまうような気がした。
   こんな告げ口みたいなことをして、そんな自分が大森君にどう思われるかと思うと、とても怖かった。
   でも、そんなことより今大事なのはこの選挙に勝つことだ、と信じていたから勇気をだして口を開いたのだった。
 

   ところが。

   危惧した通りというかそれ以上というか、正宗君の懸命な進言はすべて徒労に終わった。
   
   「まさか・・・?」
   一瞬眉をしかめた大森君が、次の瞬間には嘘みたいにいつもの朗らかな笑顔に戻った。
   そして、正宗君の肩をポンと叩くと、
   「単なる噂だろ? 谷口だってバカじゃない、そんなことがバレたら野球部はどうなる? ま、お前も気にするな」
   と軽く受け流したのだった。

   
   なんだよそれっ!
   自分の事を変に思われなかったのは良かったけれど、これじゃあ全然良くなんかない。

   
   正宗君は、必死思いで、理解してくれそうな相手を求めて、ぐるりと周りを見回した。
   でも残念ながら『類友』の言葉通り、大森陣営の人間はみんな性善説がしっくりくるようなお人好しばかりだったのだ。
   目に入るのは、何の危機感もなくただ大森君の言葉にうなずいて、にこにこと呑気に笑いかけてくる顔ばかり。

   そんな沢山の顔に囲まれて、正宗君は独り、孤独に追い詰められていったのだった。
 

   

   「韮沢〜〜〜!!!」
   半泣きで教室に飛び込んだ。
   
   窓際に立っている身慣れたシルエットに、思わず足が崩れそうなほど安心する。
   「どうした?」
   必死の形相で抱きついて来た正宗君に、韮沢が驚いた声をあげた。

   「韮沢っ! 谷口が、谷口がっ! でも大森君は全然信じてくれなくてっ! でも、でもっ・・・」

   韮沢は偉大だった。
   こんな訳の分からない説明にも、片手に正宗君を抱いたまま、すぐに「ああ・・・」とうなずいたのだから。
   
   「お前知ってんの?」
   「あれだろ? 谷口が票買いしてるってヤツ」
   走って息を切らしていた正宗君は、ゴクッと唾を飲み込んで頷いた。
   「あれって・・・ホント?」
   「ホントだ」何気ない即答。
   だけど自然と、その言葉を疑いも無く信じられる自分がいた。

   「そっか・・・やっぱホントだったんだ」
   「ま、正確に言うと、金品というのは谷口の実家が経営している焼肉屋のタダ券なんだけどな?」
   「えっ? なんで・・・なんでそんなことまで知ってんの?」
   
   いつもながら韮沢の情報網には驚かされる。

   「昨日たまたま現場を見たからさ? 受け取った1年を締め上げてゲロさせた・・・そしてこれが現物」
   韮沢は、ジャケットの胸ポケットから、2つに折ったチケットを取り出した。
   それには、確かに『焼肉天国 谷口商店』と大きく赤文字で入っている。

   「これ貸して?」正宗君は手をのばした。
   「どうすんだよ?」
   「大森君に見せる」
   
   韮沢は、目をくるりと回すと、わざとらしく大きな溜息をついた。
   
   「バッカだなぁ〜・・・お前」
   「なんでだよ! だってこれって証拠じゃん、だろ?」
   「になんかなるかよっ、これを見せたところで、アイツが信じる訳ナイだろ・・・証人もいないのに」
   「だったら、その1年を連れていって・・・」

   「誰が? 俺がか?・・・・・・やだね」と、韮沢はにべもなく断った。
   「なんでさっ!」
   「アイツがバカだからさ」
   「バカって言うなっ!」
   「だって、バカだろ? お前がこんなに一生懸命になってるのに・・・アイツはお前の話を聞かなかったんだろ?」
   
   ピシャリと指摘されて正宗君の胸にさっきの痛みが戻って来た。
   そうなんだよ・・・僕の言う事なんか真面目に聞いてくれなかったんだ・・・大森君は・・・。

   「選挙仲間のお前の話でさえちゃんと聞かないヤツが、部外者の俺なんかの話を聞くかよ・・・」
   「でも・・・お前なら・・・ほら、説得力あるしさ?」
   「だから嫌なんだって! もしも、俺なんかの言う事にアイツがホイホイ耳を傾けやがったら・・・許さねぇ!」
   「え・・・分かんない・・・なんで?」
   「だからお前もバカだっつーんだよっ!」
   「なんで? なんで怒ってるのさ?」

   正宗君は、いつにないその噛み付くような剣幕にオロオロしていた。
   韮沢は、一歩身体を離して、親指の爪を噛みながらイライラと足を揺すっている。
   その横顔が、見慣れない人みたいで、なんだか少し怖かった。

   「アイツのことは、もう放っとけよ・・・」
   「やだ!」
   「アイツに本当に実力があるなら、どんなことがあっても当選するだろうさ」
   「やだ、絶対当選したい! 絶対勝って一緒に居たいんだもん!」
   「だったら、アイツにこう言えよっ、お前もひとりでお綺麗な顔で澄ましてないで、票買いでも何でもしろって!」
    
   ・・・・・・思いがけず、嫌なことを聞かされたとショックを受けた。
   韮沢がそんなことを言うなんて思わなかった。
   
   韮沢は・・・そりゃあ世間を斜めに見ているようなシニカルなところはあったけど・・・。
   でも、いつも自分が困った時には、なんだかんだといっても、結局は親身になって助けてくれた。

   なのに、なんで今になってこんな嫌なことを言うんだろう。

   「そんなに勝ちたきゃなぁ、自分の実家がやってるソープのタダ券でも配れってさ!」
   「なにソレ?」
   「アイツんちって風俗関係の多角経営やってんの・・・知らなかったのか?」
   「知らない・・・」
   「焼肉とソープで『食欲VS性欲』・・・イイ勝負じゃん? どっちが勝つか・・・見物だね!」
   
   韮沢が乾いた笑い声をあげた。
   その笑い声を聞いているうちに、正宗君はなんだかすごく腹が立って来た。
   それが大森君をコケにされたせいなのか、それともこんな韮沢が嫌だったからなのかは、自分でも分からなかった。

   「そんな不正なこと大森君はしない、そんなこと出来ない人だもん!」
   「バカか? 大森の選挙なんだから、そんなに当選したけりゃアイツが自分で泥かぶるのが筋ってもんだろ?」
   「そんなの嫌だ! 韮沢のバカッ!!!」
   怒った正宗君は、顔を真っ赤にして両足をダンダンと踏みならした。

   ヤダ! ヤダヤダヤダッ!!!
   ヤダったらヤダ! ヤダヤダッ! 
   ヤダヤダヤダヤダ・・・!

   やりだしたら止まらなくなって、正宗君は涙目になってダンダンやり続けた。

   「分かった分かった・・・・・・まったくもう・・・お前は、駄々っ子かよ・・・」ついに、呆れた韮沢が折れた。
   
   勝った、と正宗君は思った。

   しかし、そんなに手段を選ばなくてイイのだろうか、17才にもなって?
 

   「で、どうしたい訳? お前は?」
   「選挙に勝ちたい!」正宗君がキッパリと宣言する。
   「それは分かったって、で?」
   「僕の力で勝ちたい!」
   「はん・・・で、アイツに認めてもらおうってことなのか?」韮沢が、皮肉な笑いを浮かべる。
   「違う! そんなのどうでもイイ! 僕は大森君の力になるって決めたんだ、だから、力になりたいっ!」
   
   韮沢が、不思議なものを見るような目で、まじまじと自分を見ていた。
   正宗君は、ちょっと熱くなりすぎたのかな、と恥ずかしくなった。

   「僕は引っ込み思案だし、人前にでるのも嫌いだけど、だから・・・人を動かす力なんか無いって知ってるけど」
   「・・・・・・・・」
   「でも、なんかない? なあ韮沢〜? お前になら何か思いつけない?・・・に〜ら〜さ〜わぁ〜〜〜!」
   
   ユサユサと身体を揺すられて、韮沢はひどく困った顔をした。

   「俺・・・あんまお前にそういうことさせたく無いんだけど?・・・」
   「どんなことさ?」
   「・・・お前が個人的に票を集められるつったら・・・ソレ使うっきゃないだろ?」
   「だからソレってなに・・・ああっ? 返せよメガネ!」
   
   韮沢は、メガネを取られてわたわたする正宗君の細い顎を片手でつかんだ。
   そして、正宗君の切れ長の大きな目をじっと覗き込みながら、噛んで含めるようにこう言ったのだった。

   「いいか、投票日は明後日だ、ということはもうお前に残されているのは明日だけ・・・分かるな?」
   「うん」
   「今から、各学年各クラスの主要人物のリストを作ってやるから、明日、お前1人でソイツらを訪ねていけ」   
   「何で1人なのさ・・・」
   「大森に見せたくないだろ?」
   「なにをさ?」
   「色仕掛けをしかける自分の姿・・・」
   「・・・・・・?」
   
   ようやくその意味が理解出来ると、正宗君は「えええええっ!」と大声をあげた。

   で、出来ないっ! 僕そんなこと出来ないよっ!
   不純異性交友は校則で禁止だよ? 不純同性行為はもっとダメだろうし?
   それにそれにそれにっ! 票の数だけそんなことしたら・・・投票日までに死んじゃう〜!

   じたばた暴れる正宗君に、韮沢は苦笑を漏らした。

   「誰がそんなことしろっつったよ・・・そういう雰囲気出すだけで充分だっつ〜のっ!」
   「雰囲気なんて言われたってわっかんないっつ〜のっ!」

   韮沢は、カバンから小さな鏡を取り出して、ふくれている正宗君の手の中にそれを押込んだ。
   「ほら? これやるから、この魔法の鏡で自分の顔見てみろ?」

   正宗君は素直に鏡を覗き込んだけど、見えたものはどこといっていつもと変わり無い。
   鼻の両側にメガネの跡が赤くついた青白い顔が、鏡の中からポカンと自分を見ているだけだった。

   「いつもと同じじゃん?」と口を尖らせた正宗君に、韮沢は笑ってこう言った。
   「あ、ごめん。呪文教えるの忘れてた」

   「呪文?」
   「テクマクマヤコンテクマクマヤコン・・・僕は世界で一番の美少年」
   「なんだよそれ! バッカじゃねぇのっ?」正宗君が噛み付いた。

   真面目に聞いてたらなんなんだよもう!

   「いいから言えって!」
   「そんなこっ恥ずかしいこと言えるかよ、バカッ!」
   「じゃあそれでもイイさ・・・別に俺はそんなことさせたくないんだし? でも、選挙はイイのか?」
   「選挙とこれがどう関係あるのさ?」と、正宗君の口がいっそう尖った。

   「あのな? 美少年っつ〜のは、30%の素材の良さと、70%の自信で出来てるもんなんだ・・・分かるか?」
   ゆっくりと噛んで含めるように韮沢がナゾなことを言う。
   「・・・?」
   それがどうしたと正宗君は思った。
   「今のお前は自信が無さ過ぎる。それじゃあ全然駄目なんだよ、使えない」

   何の話かと思えば自分のことだった。しかも、『駄目』と『使えない』というところだけはモロに鮮明に聞こえた。
   正宗君はムッとした。

   「ひどい!」
   「ひどくナイさ・・・じゃあお前はさ? タッキーと江頭2:50が川で溺れてたら、どっちを助ける?」
   「う〜ん・・・僕泳げないしなぁ・・・」
   「バカ、そういう問題じゃないだろ!・・・俺は迷わずタッキーだね」
   「バカじゃないの、それは単にお前の趣味だろ〜?」
   「違うね・・・人間誰しも美しいものには逆らえないってことさ」
   「で、それが選挙とどう関係あるんだよ?」
   「だからな? お前が自信を持って『投票してね?』ってにっこり笑ってみ? ザカザカ票が集まるから」
   「えっ? ホント?」

   理屈っぽいくせに妙に素直なのが正宗君だ。

   「ホントホント、でも、今のお前には自信がなくてダメだ。そこでその魔法の鏡の出番って訳」
   「それだけで・・・票が入る?」
   「ああ・・・」
   「にっこりすればイイんだね?」
   「ああ・・・自分は美少年なんだって思いながら、にっこりしろ!」
   「うん・・・・・・じゃあやってみるっ!」

   票がザカザカと聞いては後には引けない。

   「じゃあコレな」とリストを書いてくれた韮沢は、別れ際になって、
   「あ、メガネは外せよ? それから明日は私服な? で、髪もどうにかして眉毛も整えてこい、ボサボサだぞ」
   と、さらに無理難題を押し付けてきた。

   
   選挙に勝ちたい一心で思わず同意しちゃったけど、そんなのどうしたらイイんだろう。
   メガネはすぐに外せるけど、髪って言われてもなぁ・・・。
   私服って・・・なに着ればイイのさ?
   
   先行きの山積みの苦難に、思わず挫けそうになった正宗君なのであった。
 
 
 
 



 

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